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浦和地方裁判所 昭和62年(行ウ)9号 判決

埼玉県三郷市新和五丁目一〇三番一号

原告

江幡昭一

右訴訟代理人弁護士

佐々木新一

柳重雄

奥村一彦

右訴訟復代理人弁護士

山越悟

埼玉県越谷市赤山町五丁目七番四七号

被告

越谷税務署長 村瀬慶吉

右被告指定代理人

宮澤文雄

大前隆博

東京都千代田区霞が関三丁目一番一号

被告

国税不服審判所長 佐久間重吉

右被告指定代理人

上條晃一

谷道隆

被告両名指定代理人

門西栄一

萩原一夫

山畑正

川田武

小川修

小菅修二

主文

一  被告越谷税務署長が昭和六〇年一月一七日付けでした原告の昭和五六年分、同五七年分及び同五八年分所得税の各更正並びに昭和五七年分及び同五八年分所得税の各過少申告加算税の賦課決定中、昭和五八年分所得税の更正のうち総所得額金額で三七四万三、四三五円、納付すべき税額で二六万八、三〇〇円を超える部分及び同年分所得税の過少申告加算税の賦課決定のうち加算税額で一万二、〇〇〇円を超える部分を取り消す。

二  原告の被告越谷税務署長に対するその余の請求及び被告国税不服審判所長に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を被告越谷税務署長の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告越谷税務署長(以下「被告税務署長」という。)が昭和六〇年一月一七日付けでした原告の昭和五六年分、同五七年分及び同五八年分所得税の各更正並びに昭和五七年分及び同五八年分所得税の各過少申告加算税の賦課決定のうち昭和五八年分所得税の更正(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税の賦課決定(以下「本件賦課決定」という。)を取り消す。

2  被告国税不服審判所長(以下「被告審判所長」という。)が昭和六二年五月二〇日付けでした原告の昭和五六年分、昭和五七年分及び同五八年分所得税の各更正並びに昭和五七年分及び同五八年分所得税の各過少申告加算税の賦課決定に対する審査請求についての裁決のうち昭和五八年分にかかる裁決(以下「本件裁決」という。)を取り消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告はプレス加工業を営む者であるが、昭和五六年分、同五七年分及び同五八年分の所得税について、いずれも青色申告書以外の申告書によって、その法定申告期限内に、次のとおりの確定申告をした。

昭和五六年分

事業所得の金額 一六六万一、二四〇円

税額 二万三、四〇〇円

昭和五七年分

事業所得の金額 一七四万〇、八〇〇円

税額 二三万二、四〇〇円

昭和五八年分

事業所得の金額 一八一万三、四五〇円

税額 一万九、五〇〇円

2  これに対し、被告税務署長は、昭和六〇年一月一七日付けで、次のとおりの各更正及び過少申告加算税の各賦課決定をした。

昭和五六年分

事業所得の金額 二三九万〇、三三三円

税額 一〇万三、五〇〇円

昭和五七年分

事業所得の金額 四六六万二、九九〇円

税額 六七万〇、五〇〇円

過少申告加算税額 二万一、五〇〇円

昭和五八年分

事業所得の金額 五三〇万六、七九五円

税額 五六万四、九〇〇円

過少申告加算税額 二万七、〇〇〇円

3  原告は昭和六〇年三月一八日、被告税務署長に対し、右各更正及び過少申告加算税の各賦課決定について異議申立てをしたが、被告税務署長は同年六月一八日これを棄却する旨の決定をした。

4  右決定に対し、原告は昭和六〇年七月一八日、被告審判所長に対し、審査請求をしたところ、被告審判所長は昭和六二年五月二〇日付けで、昭和五七年分にかかる更正及び過少申告加算税の賦課決定についてはその一部を取り消し、昭和五六年分及び同五八年分にかかる各更正及び過少申告加算税の賦課決定については審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をし、この裁決書は昭和六二年六月一二日原告に交付された。

5  被告税務署長の右各更正及び過少申告加算税の各賦課決定はいずれもその手続及び内容のすべてにおいて違法であるが、原告は、本件訴えにおいては、そのうち本件更正及び本件賦課決定についての違法を主張するものである。

6  原告は、国税不服審判所における審査手続において、本件更正において認定された石井修三及び畔上保雄に対する売上げは存在しないことを主張し、これを裏付ける証拠として関係書類と月別の売上明細を記入した一覧表を提出した。これによって、本件更正によって認定された右売上げが架空のものであることが明白になったにもかかわらず、被告審判所長は、本件裁決において、この架空計上部分を訂正しないばかりか、これについて何の理由も付さないで、あえて、本件更正及び本件賦課決定を認容し、原告の審査請求を棄却する裁決をしたのである。このような国税不服審判所における杜撰な審査のあり方は国税不服審判所が自らその使命を放揶するものであり、被告審判所長による審査手続及び本件裁決に至る判断過程には、経験則違反、審理不尽及び理由不備(国税通則法第一〇一条、第八四条)等の違法がある。そして、この違法は本件更正及び本件賦課決定における違法に止まらず、本件裁決に固有の違法になるというべきである。

よって、原告は、被告税務署長に対し本件更正及び本件賦課決定の取消しを、被告審判所長に対し本件裁決の取消しを、それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1から4までの各事実は認める。ただし、同4の事実のうち、裁決書交付の日は「昭和六二年六月一二日」ではなく、「昭和六二年六月一五日」である。

2  同5の主張は争う。

3  同6のうち、事実は否認し、主張は争う。

行政事件訴訟法第一〇条第二項は、裁決の取消しの訴えにおいては、当事者(原告)はその取消し事由としては裁決に固有の違法のみを主張することができるものとし、原処分にかかる違法はその取消訴訟において主張させるという建前をとっている。ここにいう裁決に固有の違法とは裁決主体や手続等の裁決の形式に関するものをいうものであって、原処分の実態的判断に関するものは含まれない。この点についての原告の主張は、つまるところ、被告審判所が本件裁決においてした原告の収入金額の認定についての証拠の取捨選択並びにその評価の過程及び内容を論難するものであって、これはまさに原処分にかかる違法をいうことにほかならない。したがって、原告の被告審判所長に対する請求はそれ自体失当である。

三  抗弁(被告税務署長)

本件更正は推計課税の方法によったものであるが、その経緯と根拠は次のとおりである。

1  事業所得金額とその算出根拠

原告の昭和五八年分(以下「本件係争年分」という。)の事業所得の金額は五四九万六七六〇円であり、その内容は次のとおりである。

収入金額 一四六二万三二二四円

所得金額 六二九万六七六〇円

事業専従者控除額 八〇万円

事業所得金額 五四九万六七六〇円

(一) 収入金額 一四六二万三二二四円

被告税務署長が原告の取引先に対する、いわゆる反面調査によって把握したものであり、その内訳は別表3に記載のとおりである。

(二) 所得金額 六二九万六七六〇円

収入金額 一四六二万三二二四円に後記(五)の同業者の平均所得率四三・〇六パーセントを乗じて算出したものである。

(三) 事業専従者控除額 八〇万円

原告から提出された確定申告書に記載された金額(昭和五九年法律第五号による改正前の所得税法第五七条第三項による)である。

(四) 事業所得金額 五四九万六七六〇円

所得金額六二九万六七六〇円から事業専従者控除額八〇万円を控除したものである。

(五) 同業者の平均所得率 四三・〇六パーセント

青色申告の承認を受け青色申告書を提出している者のなかから原告の同業者を抽出し、その所得率、すなわち収入金額に対する所得金額(ただし、原告はいわゆる白色申告者であって、青色申告の特典控除を受けることができない関係上、その控除前の金額による。)を算術平均して算出したものであり、その明細は別表2に記載のとおりである。

2  推計課税の必要性

(一) 原告は住所地においてペンケースや菓子かん類の打ち抜きプレス加工業を営んでいる者であり、その事業所得税の申告については、青色申告書以外の申告書によってする、いわゆる白色申告者であるが、被告税務署長に対し、本件係争年分の所得税について法定申告期限内に、確定申告書を提出した。

(二) 右確定申告書を調査したところ、(1)事業専従者控除額及び所得金額の記載はあるが、収入金額と必要経費の記載がないため所得金額の算出根拠が不明であり、(2)原告の営業の事業規模からみて申告所得金額が過少であると認められた。また、原告に対しては、その営業の開業以来、税務調査を実施したことがなかったことから、被告税務署長は右申告所得金額について調査の必要を認め、所属の係官・沼尾徹(以下「沼尾係官」という。)にその調査を命じた。

沼尾係官は、昭和五九年七月三〇日午前一一時ころ原告宅に臨場し、原告に面接して身分証明書を提示したうえ、所得税調査のため来訪した旨を告げたところ、原告から越谷税務署の職員のなかに肺結核に罹患している者がいることが発見されたとの新聞等の報道があるが、感染のおそれはないかとの発問があった。そこで沼尾係官は、感染のおそれはないとの専門医師による診断結果を得ていると回答したところ、原告が調査の理由を具体的に説明するよう求めたので、沼尾係官は、申告内容の確認のためであることを告げ、原告の事業内容を示す帳簿書類を見せてもらいたいと言って調査への協力方を要請した。しかし、原告は「今日は忙しいから明日電話する。」と言って、結局、帳簿書類の提示を拒絶した。

(三) 原告は翌三一日、沼尾係官に対し、電話で、同年八月一八日までに都合を連絡する旨を通知してきたが、期限までに連絡はなく同月二一日に至ってようやく調査日を同年九月一〇日にしてほしいと伝えてきた。

そこで沼尾係官は右申出に従い、同年九月一〇日午前一一時ころ、もう一人の係官を同道して原告宅に臨場したところ、そこには、原告とその妻のほか、立会人と称する三郷民主商工会の副会長・萩原英紀ら同会会員と思われる者一四人が待ち受けていた。沼尾係官らは、それぞれ身分証明書を提示したうえ、調査目的の説明に及んだが、原告らはこれに耳を貸さず、一方的に、「肺結核に感染したらその責任はどうする。」などと繰り返したうえ、「民商の会員に対する調査は、税務署の肺結核に関する責任問題が解決するまで応じられない。」「市内の納税者に対し税務署の調査に協力しないようチラシをもって呼びかける。」などと申し立てた。

沼尾係官は、原告に対する調査の目的を遂げるため立会人全員の退席を求めたが、立会人らは退席を拒み、原告も調査に応じる態度を全く示さなかったので、やむなく原告宅を辞去した。

(四) 沼尾係官は、その後も原告宅に臨場し、あるいは架電をして、(1)原告の確定申告書に収入金額等の記載がないため所得金額の算出根拠が不明であること、(2)事業規模等からみて収支内容を検討する必要があること、また原告がその営業を開業して以来税務調査を受けていないことが調査理由であることを告げて、調査に応じるよう説得し続けた。これに対し、原告は、民主商工会会員として、税務職員の結核問題について民主商工会が安全であることを了承するまでは調査には応じられないなどと申し立てていたが、同年一一月五日には調査に応じることを約束した。

そこで沼尾係官は右同日午前一〇時ころ、もう一人の係官を同道して原告宅に臨場したところ、そこには、原告とその妻のほか、前記萩原英紀ら五人が待ち受けていた。沼尾係官は、原告に対し既に説明してある理由で所得税調査に訪れたことを告げたが、原告らが「調査理由が納得できない。」と言って譲らないため、いったん辞去し、その日の午後一時過ぎ、原告宅に再度臨場し調査に応じるように要請し続けたが、原告はついに応じなかった。その後も、沼尾係官は、調査に応じるよう翻意させるため、原告に対し数回架電して説得を続け、ようやく原告も同月二〇日であれば調査に応じることを約束した。

(五) 沼尾係官は右同日、もう一人の係官を同道して原告宅に臨場したところ、原告のほか萩原英紀ら九人が待ち受けていた。そして、原告らは、沼尾係官らに対し、「調査理由をもっと具体的に言ったらいいじゃないか。資料をもっているなら見せてもらいたい。」と執拗に申し向けたうえ、なかには「ここには暴走しそうなのが二人や三人はいる。身体に危険を及ぼすかも知れない。私には止められないよ。」などと不穏当な発言まで飛び出すに至った。

そのため、沼尾係官は、このような状態に至っては今後とも原告から帳簿書類の提示等の調査協力を得るのは困難であると判断した。

右のような状況では、原告の所得金額を実額で把握することはできないので、被告税務署長は、やむなく推計の方法によって申告にかかる原告の所得金額が適正なものかどうかを確認するほかはないとの結論に達したものである。

3  推計課税の合理性

(一) 被告税務署長は、本件更正の段階では原告の本件係争年分の収入金額を一九六五万四九五七円と認定した。この金額は主として原告の取引先に対する反面調査によって把握したものであるが、なかには取引先の協力が得られないため石井修三からの収入金額六一一万一七六七円、畔上保雄からの収入金額一一九万〇四九六円のように従前の取引実績を基にして推計によって割り出したものもある。しかしながら、その後、本訴が提起されるに至って、被告税務署長は、改めて、原告の取引先及び銀行等について調査を実施し、本件訴訟においては、これによって把握した確実な取引金額のみを収入金額として主張することとし、本件更正の段階で推計によって割り出した成川幸三及び畔上保雄との取引金額は収入金額の主張からは除外することとした。一方、右調査によって、新たに把握された取引先等との取引金額もあり、両者を本件更正の段階での認定金額に加減して修正すると、その金額は一四六二万三二二四円となるので、被告税務署長は、本件訴訟においては、この金額を原告の本件係争年分の収入金額として主張するものである。

(二) 所得金額は右収入金額に原告の同業者の平均所得率を乗じて算出したものであることは前記のとおりであるが、被告税務署長は、本件更正の段階では右平均所得率を三一・〇七パーセントとした。これは次のような方法で算定されたものである。すなわち、被告税務署長は、越谷税務署管内に住所(納税地)を有し、原告と同様「打ち抜き・プレス加工業」を営む個人事業者のうち、(1)青色申告の承認を受け青色申告決算書を提出している者、(2)給料賃金及び外注費の支払のある者、(3)対象年分の収入金額(雑収入を含む。)が原告の当該年分の収入金額の二分の一以上で、二倍以下の範囲内(いわゆる倍半基準)の者(以下「比準同業者」という。)、(4)打ち抜き・プレス加工業を継続して営んでいた者、(5)災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者、(6)税務署長から更正又は決定処分を受けている者にあっては、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立て及び出訴期間の経過している者並びに当該処分に対する不服申立て及び訴訟中でない者、(7)以上の条件を対象年分を通じて満たす者を抽出したうえ、個々の比準同業者についてその収入金額(青色申告者に対して認められる特典控除前のもの)に対する所得金額の割合(所得率)を算出し、これを算術平均した。

ところが、被告税務署長は、前記のとおり、本件訴訟の段階では原告の本件係争年分の収入金額として本件更正の段階で認定したよりも少ない金額を主張することとしたので、右比準同業者の平均所得率についても算定のし直しの必要に迫られた。というのは、右比準同業者はいわゆる倍半基準に従って抽出されたわけであるから、収入金額が異なれば、当然に比準同業者の範囲も異なってくるし、所得率にも差異が生ずると考えられるからである。これと併行して、被告税務署長は、比準同業者を抽出する地域範囲についても検討を加え、これを越谷税務署の全地域から抽出するのではなく、八潮市と原告の住所がある三郷市に住所を有する者からのみ抽出することとした。その理由は次のとおりである。すなわち、(1)越谷税務署は、埼玉県東部の越谷市(昭和五八年七月一日現在、人口約二四万人、世帯数約七万三〇〇〇戸)、八潮市(同六万六〇〇〇人、同二万戸)、三郷市(同一〇万四〇〇〇人、同三万一〇〇〇戸)、松伏町(同一万九〇〇〇人、同五〇〇〇戸)及び吉川町(同四万二〇〇〇人、同一万一〇〇〇戸)の三市二町をその管轄区域としているところ、吉川町及び松伏町は純農業地帯であり、越谷市は三郷市及び八潮市より人口こそ多いが全人口に占める商工業者の比準は三郷市及び八潮市に比べ低率であって、越谷市、吉川町及び松伏町はその地理的環境的基準が八潮市及び三郷市と著しく異なっている、(2)八潮市及び三郷市は、日本標準産業分類二八五・金属プレス製品製造業に属する事業所が集中し同一需給圏を形成しており、東京都内からの転入事業者が多く、得意先も東京都内の業者に依存する率が高い、(3)八潮市及び三郷市に住所を有する者に限定しても、原告と類似性を有する十分な数の比準同業者を得ることが可能である、以上の三点によったものである。そのほか、被告税務署長は、比準同業者の平均所得率の算定に当たり、(1)原告の収入金額から雑収入を除外し、これに対応して、比準同業者の収入金額からも雑収入を除外したこと、(2)本件更正の段階においては、昭和五六年分から同五八年分までの三年分を通じて、その収入金額が倍半基準を満たしている者のなかから比準同業者を抽出したが、昭和五八年分についてのみ倍半基準を満たしている者のなかから比準同業者を抽出したことなどの措置を講じ、こうして、算出し直されたのが別表2の比準同業者の平均所得率四三・〇六パーセントである。

以上のように、算定のし直しに当ってとられた比準同業者の平均所得率の算定方法は、比準同業者の抽出についてそのおかれている地理的・環境的状況や収入の特質等を考慮したものであって、本件更正の段階でとられた方法に比してより合理的なものとなっている。そして、比準同業者の抽出に関するそのほかの点はすべて本件更正の段階からとられている前記の基準によったものであり、これには被告税務署長の恣意が介在する余地はなく、被告税務署長による算定し直し後の比準同業者の平均所得率の算定は合理性を具備している。もっとも、これは本件更正の段階でとられた方法とは異なるけれども、そのために課税標準及び税額等に変更が生ずるわけではないから、本件更正の効力に影響を及ぼさない。

4  本件更正及び本件賦課決定の適法性

前記のとおり、原告の本件係争年分の事業所得金額は五四九万六七六〇円であるところ、本件更正及び本件賦課決定における事業所得金額は五三〇万六七九五円であって、前者の範囲内であるから、本件更正は適法である。

本件賦課決定は、本件更正により原告が納付すべきことになった昭和五八年分の所得税額に国税通則法第六五条(昭和五九年法律第五号による改正前のもの)第一項の規定に基づき一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額を過少申告加算税として賦課したのであるから、適法である。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  事業所得金額とその算出根拠の主張について

被告税務署長は、本件更正においては、原告の本件係争年分の収入金額を一九六五万四九五七円と認定し、これに比準同業者の平均所得率三一・〇七パーセントを乗じて、所得金額を五三〇万六七九五円と算定した。ところが、本件訴訟においては、原告の本件係争年分の収入金額は一四六二万三二二四円あると主張する一方、所得金額算定のため右収入金額に乗じられる比準同業者の平均所得率は四三・〇六パーセントであるというのである。このように、被告税務署長の本件更正の根拠についての主張は、所得金額及び比準同業者の平均所得率のいずれの点でも本件更正の段階と本件訴訟の段階とで全く異なっている、これは、いわゆる理由の差換えと称されるものであり、総額主義の考え方のもとに、訴訟の段階での理由の差換えが一般的に認められるとしても、本件における被告税務署長による理由の差換えは、本件更正の段階での収入金額の認定の誤りが訴訟の段階で明白となってしまったために、何とか所得金額の点で辻褄を併せようとして策を弄したものであって、いたずらに訴訟関係を混乱させ、納税者である原告の不利益となるものであるから許されない。

2  推計課税の必要性の主張について

(一) 原告が住所地でプレス加工業を営んでいること、その事業所得税の申告については、原告はいわゆる白色申告者であり、本件係争年分の所得税について法定の申告期限内に、確定申告書を提出したこと、右確定申告書には専従者控除額と所得金額の記載はあるが、収入金額と必要経費の記載がなかったこと、原告に対してはその営業の開業以来被告税務署長による税務調査が実施されたことはなかったこと、昭和五九年七月三〇日午前中に税務署の係官が来訪し、原告に対し所得税調査のため訪問したものであることを告げたこと、これに対し原告が「今日は忙しいので、後日、日時について連絡をする。」と伝えたこと、原告と係官との間で調査日を九月一〇日と約し、同日午前中係官二人が来訪し、その際、原告宅には原告のほか原告が依頼した若干名の者が待機しており、そのなかに萩原英紀がいたこと、係官が立会人全員の退席を要求したこと、次の調査日が同年一一月五日とされ、同日午前係官が来訪し、原告とその妻及び萩原を含む若干名がこれに応対したこと、その次の調査期日が同年一一月二〇日とされ、同日、係官二人が来訪し、原告のほか、萩原を含む若干名がこれに対応したこと、以上の事実は認めるが、その余は否認し、係官の判断に関する部分は争う。

第一回目の調査は、昭和五九年九月一〇日午前一一時、沼尾係官ほか一名が原告宅に臨場して実施された。当時、越谷税務署の職員中に結核患者が発生したとの新聞等の報道がされていたので、原告は結核に罹患することを心配し、その罹患の可能性の有無について係官に確認したが、明確な回答はなかった。その日の調査において、原告が調査理由の開示を求めたのに対し、右係官は「調査理由は別にない。」と回答し、このとき、その場に、原告の要請で数人の者が立ち会っていたところ、係官は、これらの者の退去を要求し、これに応じないことを理由に調査をしないで帰ってしまった。

同年一一月五日午前、係官が再度原告宅に臨場(第二回目)したので、原告は前回同様数人の者の立会いのもとで先の結核のことについてその安全性の確認と調査理由の説明を求めたが、係官からは何の説明もなかった。そして、その日の午後一時半ころ、再度沼尾係官が一人で来訪し、「立会人をつけないで調査に応じて下さい。調査に応じなければ更正処分になりますよ。」と告げて帰った。

同月二〇日、沼尾係官がほか一人の係官を同道して来訪し、係官はここではじめて、収支がはっきりしていない、年度中に不動産を取得している、一度も税務調査にきていない、の三点を調査理由として挙げた。原告は、これに納得しなかったが、沼尾係官に対し、「具体的な根拠資料をお互いに見せ合おう。」と言って、調査に応じる姿勢を明らかにした。このとき、原告は、資料として請求書控四冊、納品書控三冊、領収書二冊を用意していたが、係官らはこの資料の確認をせず、具体的な調査に入らなかった。このように、被告税務署長は、原告が調査に応ずる用意のあることを示しているのに、調査に入らず、原告の取引先に対する反面調査を実施し、本件更正及び本件賦課決定をしたのであり、係官による調査は、単なる名目上のものに過ぎず、反面調査開始の口実を得るだけのものであった。

(二) 申告納税方式をとる所得税においては、納税義務の確定は第一次的には納税者によって行われ、それが法律に適合しているかぎり課税庁の介入する余地はない。納税者には申告により納税義務を確定する義務が課されているとともに、納税者に納税についての第一次判断権ないし第一次確定権が付与されている。この納税方式の下では、課税庁による納税者についての調査(いわゆる任意調査。以下、同じ。)は、納税者の第一次判断権に対する介入になるので、納税者は、課税庁に対し「その調査を必要とする」(所得税法第二三四条第一項)合理的な根拠と理由について開示を求め、その開示がないかぎりその調査を拒み得る権利を有しており、この権利を確保するために、調査に際し、納税者は、第三者を立ち会わせることができるというべきである。調査の過程では、納税者の権利と、課税庁の調査の必要性とが激しく対立するのであるから、第三者の立会いは、納税者の権利を擁護し、公権力の不当な行使を監視するということにおいて重要な役割を果たしているということができる。

原告はいわゆる白色申告者であるが、原告の本件係争年分の所得税にかかる申告書には白色申告者として記入すべき事項がすべて記入されており、原告の申告は適正なものであった(この事実は被告らも認めている。)から、原告には被告税務署長に対し「原告がなぜ被調査者とされたか」の理由開示を求める権利があるのに、前記のように被告税務署長は、これに応じず、原告からの第三者の立会いの申出も拒絶したのである。したがって、被告税務署長による調査には違法性があり、本件更正及び本件賦課決定はこのように違法な調査をもとにしてされたものであるから違法である。

3  推計課税の合理性の主張について

被告税務署長が、本件訴訟の段階に至って、推計の根拠についての本件更正の段階における主張を変更したことは前記のとおりであり、仮に、このような主張の変更(いわゆる理由の差換え)が許されるとしても、被告税務署長が本件訴訟において主張する比準同業者の平均所得率の算出方法は、(1)比準同業者を抽出するための地域的範囲を八潮市と三郷市に限定したこと、(2)「抜打ち・プレス加工業」の範囲に含まれる業者であっても、その業態によって所得率には大きな開きがあるのに、これを無視していること、(3)比準同業者の所得率を算術平均するに当って異常値を排除しなかったことの三点において不合理である。これを詳述すれば次のとおりである。

(一) 越谷税務署の管轄区域には越谷市、八潮市及び三郷市の三市と、吉川町及び松伏町の二町が含まれる。一般に、比準同業者の平均所得率を算出するに当っては、比準同業者を広い地域的範囲から多数抽出することがその合理性を担保するために必要である。そのため、この場合比準同業者は当該税務署の管轄区域内にあるすべての行政区から抽出されるのが通常であり、場合によっては隣接の行政区からも抽出されている。被告税務署長も、このような観点から、本件更正の段階では越谷税務署の管轄区域内の全行政区から比準同業者を抽出し、その平均所得率を三一・〇七パーセントとしたのである。ところが、本件訴訟の段階に至って、原告の本件係争年分の収入金額についての主張を一九六五万四九五七円から一四六二万三二二四円に減額したことからこれに右同様の方法で抽出した比準同業者の平均所得率を乗じたのでは所得金額が本件更正において算出された金額より低くなってしまうため、本件訴訟の段階においては、比準同業者を抽出するための地域的範囲を八潮市と三郷市に限定し、ここから抽出された比準同業者の平均所得率四三・〇六パーセントを主張するに至ったので知る。このように、被告税務署長が比準同業者を抽出するための地域的範囲を限定したことには何の合理性もなく、被告税務署長主張の比準同業者の所得率算出方法は比準同業者の抽出の仕方に恣意が介在しているから合理性を有しないというべきである。

(二) 「抜打ち・プレス加工業」というのは、「金属の朔性を利用して成型し製品をつくること」であり、こうしてつくられる製品には大別して自動車部品、弱電関係部品、雑貨ものの三種がある。プレス加工業者の営業の収益性は製造する製品によって大きな差異があり、原告はプリキを加工して製品をつくる、通称・製缶プレスといわれる事業を行っている者であるところ、その製品は右分類に従えば「雑貨もの」に該当し、原告の営業の収益性は、同じプレス加工業者であっても、自動車部品や弱電関係部品を製造する業者のそれとは大きく異なっているのである。従って、比準同業者の平均所得率を算出するに当って抽出される比準同業者は同じプレス加工業者のなかでも右のように業態を同じくするものでなければならないのに、被告税務署長はこの点をまったく考慮することなしに比準同業者を抽出しており、被告税務署長が算出した比準同業者の平均所得率の算出方法は科学的な統計処理というに値しない不合理なものである。

(三) 被告税務署長は、本件更正の段階では「同業者の青色申告決算書に基づいて算定した所得率のうち、異常値(標準偏差の一・五倍の限界値を設定した上限から下限までの範囲外のもの)を排除して求めた平均値をもって同業者の平均的な所得率」とした。ところが、本件訴訟の段階においては、「収入金額が原告の当該年分の二分の一以上、二倍以下の範囲内である者」の所得率の算術平均をもって平均所得率としているが、ここでは異常値が排除されておらず、被告税務署長主張の比準同業者の平均所得率の算出方法はこの点でも合理性を欠いている。

4  本件更正及び本件賦課決定の適法性の主張について争う。

五  原告の主張に対する被告税務署長の反論

1  課税処分取消訴訟の審理は、いわゆる総額主義によって行われるのであるから、被告税務署長が本件訴訟の段階において原告の本件係争年分の所得税の総額について本件更正の段階では考慮されなかった事実を新たに主張することも許される。被告税務署長による推計課税の合理性を非難するのであれば、原告は、本件更正当時日常的に記帳していた帳簿書類及び領収書等の原始記録に基づいて実額主張をすべきであり、これをしないで、いたずらに被告税務署長による推計課税の合理性を論難することは不当である。

2  納税者は、税法の定めるところに従った正しい申告をする義務を負うとともに、その申告を確認するための税務調査に対しては、税法の定めるところに従ってその所得金額を算定するに足りる直接資料を提示し、所得金額の計算の基礎となる経済取引の実態を税務職員に説明する義務を負う。原告は、いわゆる白色申告者であるが、白色申告者の場合でも確定申告書には収入金額及び必要経費を記載することが所得税法第一二〇条第一項第一一号の規定で義務づけられている。同法第二三四条の規定に基づく税務職員の質問検査権の行使については、その方法、範囲、程度、時期及び場所等、実施の細目について特段の規定はなく、これを行使する税務職員の合理的な判断に委ねられていると解される。本件においては越谷税務署の沼尾係官は、調査に際し、原告に対し、昭和五七年に資産を取得していること、申告の収支内容が明らかでないこと、これまで原告に対し調査を実施したことがなかったことなど、調査に及んだ理由を告げているのであり、調査理由としてこれ以上のことを告げなければ、質問検査権を行使できないということはない。

また、税務職員が質問検査権を行使するに際し、第三者が立ち会うことができるかどうかについて、税理士法第二条(税理士の業務)及び第三四条(調査の通知)の規定以外に実定法上特段の定めがないのであるから、税理士以外の第三者の立会いを認めるかどうかは税務職員の合理的な裁量に委ねられている。税務調査においては、調査の内容が被調査者のみならず、その取引の相手方である第三者の営業上の秘密にも及ぶことが少なくないのであり、したがって、調査に際し、被調査者が法律の規定による守秘義務を負わない第三者の立会いを税務当局に要求する権利があるということはできず、調査担当者が、このような第三者の立会いを拒むことはもとより正当な処置といわなければならない。また、納税者本人が税理士以外の第三者に事実上帳簿の記帳を依頼している場合であっても、この第三者が当然に税務調査に立ち会うことのできる権利を有するわけではなく、このような第三者が納税者本人の税務調査の場に同席し得るのは、調査の過程で、調査担当者が調査の進展のため必要と認めた場合に限られ、その立会いを認めるかどうかは、専ら権限のある税務職員の合理的な裁量に委ねられていると解される。

3  推計課税は、帳簿書類が不備であったり、納税者が税務調査に協力せず、帳簿書類の提示を拒否するなどの理由から、実額課税が不可能である場合に行われる。したがって、この場合は、課税庁において納税者の事業の実態、特にその収益性や収入・支出の細目を詳細に把握することは困難である。そのため、課税庁が納税者の個々具体的な営業実態等をすべて把握したうえで、これと同一の同業者だけを抽出して平均所得率を算出し、これをもとにして納税者の所得金額を推計しなければならないとすれば、納税者の営む業種における同業者が少ない場合など営業形態や規模の細部にわたる類似性を満たした同業者の選定が困難な場合は、そもそも推計課税自体が困難なものとなる。そして、この場合、ほかに適当な推計方法が存在しないときは、課税自体が不可能となり、正確な帳簿書類を備え付け、調査にも協力する納税者との間の課税の公平にもとる結果を招来する。このように、申告納税義務に違反して帳簿書類を提示せず、課税庁をして推計課税を余儀なくさせた納税者が、申告納税義務を遵守する誠実な納税者よりも利益を得るような事態を生じさせるべきでないことはいうまでもない。そこで、納税者の所得金額の実額を把握できないため、同業者の平均値によって算出した同業者率(抽出された同業者の所得率の平均)に基づいて納税者の所得金額を推計する場合には、同業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は、右平均値の中に吸収され、捨象されるものとして扱い、当該推計において、業種の同一性、営業規模の類似性、同業者率算出過程の整合性等の推計の基礎的要件に欠けるところがない以上、営業条件の差異が同業者率による推計を根本的に不当とするほどに顕著なものでない限り、同業者率に基づいて当該納税義務者の所得金額を推計することに合理性があるというべきである。以上の観点からすれば、被告税務署長が設定した前記比準同業者抽出基準は合理的であり、原告のいう「業態の類似性」をことさらに比準同業者抽出基準に組み入れる必要は存しない。

第三証拠

本件訴訟記録中の「書証目録」及び「証人等目録」に記載のとおりである。

理由

一  請求原因1から4までの各事実は当事者間に争いがない(なお、裁決書が交付された日は弁論の全趣旨により原告主張のとおり昭和六二年六月一二日であることが認められる。)。

二  そこで、本件更正及び本件賦課決定の適否について検討する。

1  推計課税の必要性について

成立に争いのない乙第八号証、証人沼尾徹の証言、原告本人尋問の結果とこれにより申請に成立したと認められる甲第一四号証(ただし、いずれも後記採用しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨によれば、当事者間に争いのない点を含めて、次の事実が認められる。

(一)  原告は青色申告書以外の申告書によって確定申告をした、いわゆる白色申告者であるが、その本件係争年分の所得税の確定申告書には所得金額の記載があるだけであって、その算出根拠となる収入金額及び必要経費についての記載がなかった。そのほか、原告に対しては、その営業の開始以来、一度も税務調査を実施していなかったこと、原告の営業の事業規模からすると、申告所得金額が過小ではないかと疑われたことなどから、被告税務署長は、原告に対して税務調査をする必要があると判断し、越谷税務署所属の調査官・沼尾徹(沼尾係官)にその調査を命じた。

(二)  沼尾係官は昭和五九年七月三〇日午前一一時ころ、事前に何の通知もしないで、事業所を兼ねた原告宅を訪問し、応接に出た原告に対し来訪の趣旨を伝えたところ、原告から、新聞等の報道によると、越谷税務署の職員のなかに結核に罹患している者が出たとのことであるが、感染のおそれはないかとの質問があったので、専門医の指示に従って事態の処理に当っているので、心配はない旨を回答した。そして、沼尾係官は、調査の目的ないし理由として、原告から提出された確定申告書には所得金額の記載しかなく、収支内容が明らかでないのでこれを確認したいこと、原告に対しては、その営業の開始以来、一度も税務調査を実施していないことの二点を告げ、協力を要請した。しかし、原告は「今日は忙しいので調査には応じられない。明日、税務署に電話で都合を連絡する。」と言い、直ちには協力を得られそうにはなかったので、沼尾係官は原告からの連絡を待つことにし、原告宅に一〇分ほどいて、辞去した。

(三)  しかし、翌三一日には原告からの連絡はなく、同年八月二一日に至り、同年九月一〇日に来てほしい旨の電話連絡があった。そこで、沼尾係官は右指定の日の午前一〇時ころ、もう一人別の係官を同道して、原告宅を訪問した。そこには、原告とその妻のほか、立会人と称する三郷民主商工会の副会長・萩原英紀ら同会会員とみられる者一四人が待ち受けていた。そして、調査に先立ち、立会人らから、再び税務職員の結核罹患の問題が取り上げられ、調査に応じた場合、係官との接触によって原告その他の関係者が結核に感染するおそれはないかどうか、感染した場合、責任の所在はどうなるのかなどの点について発問があり、係官らは、繰り返し専門医の指示に従って事態の処理に当っているので、心配はない旨の説明をしたが、納得は得られず、最終的に、立会人らは、三郷民主商工会の調査によって安全性が確認できるまでは、同会会員に対する税務調査には協力できないとの態度を表明した。そこで、係官らは、このような状態では、調査への原告の協力を得ることは困難と判断し、原告宅に五〇分ほどいて、辞去した。

(四)  そのあと、沼尾係官は同月一三日、事前の通知をしないでひとり原告宅を訪問した。このとき、原告が、税務職員の結核罹患の問題のほか、調査理由を詳しく説明してほしいというので、沼尾係官は、結核のことは心配するには及ばないことを説明したうえ、調査の目的ないし理由として、原告は昭和五七年中に不動産を取得していること、原告の申告だけからでは収支の内容が明らかでないこと、原告に対してはこれまで一度も調査を実施していないことの三点を挙げて調査への協力を要請した。しかし、これに対して、原告には積極的な協力の態度はみられず、沼尾係官は、一〇分ほど原告宅にいて辞去した。そのあとも、沼尾係官は、原告と二、三回電話で交信をして、調査への協力を要請したが、原告の態度に変化はみられなかった。

(五)  そこで、沼尾係官は同年一一月五日午前一〇時ころ、予め通知をしたうえ、もう一人別の係官を同道して、原告宅を訪問した。そこには、原告のほか、萩原英紀をはじめ三郷民主商工会の関係者数人が待機しており、係官らに対し、先に告知を受けた調査理由だけでは納得できないので、さらに詳しい理由を開示するよう要求し、調査理由は先に告げた以上のものではないとする係官らとの間に押し問答が繰り返された。そこで、係官らは、これ以上、押し問答を繰り返しても事態の打開は図れないと判断し、午前一一時五〇分ころ、原告宅を辞去した。そして、係官らは、立会人のいないところで、原告の真意を確かめたいとの判断から、その日の午後、再び、原告宅を訪問し、原告と面談したが、原告の態度に変わりはなかった。その後、係官らは、原告からの電話連絡により、同月二〇日、再度、原告宅を訪問したが、このときも、原告のほか、三郷民主商工会の関係者が待機しており、従前同様の押し問答が繰り返され、事態の進展はみられなかった。

以上のような経過にかんがみ、被告税務署長は、原告に対する直接の調査によって申告内容の適否を点検することは困難と判断し、推計の方法によってこれを点検するほかはないとの結論に至った。

以上の事実が認められ、前示甲第一四号証及び原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分はにわかに採用しがたく、ほかにこれを覆すに足りる証拠はない。

ところで、申告納税方式をとる国税についても、税務署長は申告にかかる課税標準又は課税額等に誤りがあるときは更正をすることができるのであり(国税通則法第二四条)、そうであるとすれば、税務署長はその権限を行使するための前提として必要な調査をすることができるのは当然のことである。そして、この調査は申告にかかる課税標準又は課税額等に誤りがある疑いが客観的に存在している場合ばかりでなく、申告にかかる課税標準又は課税額等の内容、特にその算定根拠が明らかでない場合にもこれをすることができると解すべきである。というのは、後者のような場合でも、調査の結果、申告にかかる課税標準又は課税額等に誤りがあり、更正を必要とすることが判明することもあり得るからである。所得税法第二七条第二項は「事業所得の金額は、その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とする。」と規定しているところ、本件においては、原告から提出された本件係争年分の確定申告書には所得金額だけが記載されているだけであって、その算定の基礎となる収入金額及び必要経費についての記載がなかったことは前認定のとおりである。そうであるとすれば、右所得金額の算定根拠が明らかでないとして、被告税務署長が原告に対しその算定の基礎となる収入金額及び必要経費について調査しようとしたことには相当の理由があり、前認定のとおり、調査に際し、沼尾係官は、原告の求めに応じて、そのほかのこととともに、このことを十分に説明しているのである。しかしながら、原告は右説明に納得せず、再三にわたって係官と押し問答を繰り返し、調査について協力の姿勢を示さない状況のもとにおいては、被告税務署長が原告に対する直接の調査を断念し、推計の方法によって申告にかかる所得金額の適否を点検しようとしたのは止むを得ないことというべきである。のみならず、本件更正及び本件賦課決定がされた後の被告審判所長に対する審査請求及び本件訴訟の段階に至っても、原告からは、本件係争年分の所得金額を実額で把握するに足りる帳簿書類及びその原始記録の提出はないのである。これからすれば、原告にはもともと右帳簿書類等の備付けはなく、申告にかかる所得金額の適否を点検するには推計の方法によるほかはなかったということができ、推計課税の必要性が存在したというべきである。

次に税務調査を実施する場合、これをどのように実施するか、その範囲、程度、時期、場所等の細目については実定法上特段の定めはなく、したがって、この点については、調査の必要性と調査を受ける者の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度に止まるかぎり、調査を担当する税務職員の合理的な判断に委ねられていると解するのが相当である。このことは、調査の場に第三者が立ち会うことを 容認するかどうかについても同様であるところ、前認定の事実によれば、本件においては、調査の際、その場には原告を支援する趣旨で、多数の三郷民主商工会の会員が詰めかけ、係官に対しこもごも調査理由の開示を求め、係官を追求する態度に出たのであって、このような状況のもとでは、平穏のうちに、円滑な調査を遂げることは困難であるから、係官がこれらの者の退去を求めたとしても、これが税務職員に委ねられた合理的な判断の範囲を越脱するということはできない。

2  推計課税の合理性について

いずれも成立に争いのない乙第一号証、第三ないし第五号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第二号証、いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第九ないし第一五号証、証人沼尾徹、下山保司の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  本件更正の段階においては、被告税務署長は、原告の本件係争年分の収入金額を別表1記載のとおり一、九六五万四、九五七円と認定した。この金額は主として原告の取引先に対する反面調査によって把握されたものであるが、石井修三及び畔上保雄からの収入金額については両名から十分な協力が得られなかったためこれを実額で把握することができず、石井からの収入金額とされた六一一万一七六七円及び畔上からの収入金額とされた一一九万〇四九六円はいずれも取引関係者から聴取した事実をもとにして被告税務署長において推計したものである。

(二)  本件更正の段階で認定された原告の本件係争年分の所得金額は右収入金額に比準同業者の平均所得率三一・〇七パーセントを乗じ、その金額から事業専従者控除額(申告書記載の金額)を差し引いて算定されたものであるが、この場合の比準同業者の平均所得率は次のようにして算出された。すなわち、被告税務署長は、まず、越谷税務署管内に住所(納税地)を有し、原告と同様「打ち抜き・プレス加工業」を営む個人事業者のうち、(1)青色申告の証人を受け青色申告決算書を提出している者、(2)給料賃金及び外注費の支払のある者、(3)対象年分の収入金額(雑収入を含む。)が、原告の当該年分の収入金額の二分の一以上で、二倍以下の範囲内(いわゆる倍半基準)の者、(4)打ち抜き・プレス加工業を継続して営んでいた者、(5)災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者、(6)税務署長から更正又は決定処分を受けている者にあっては、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立て及び出訴期間の経過している者並びに当該処分に対する不服申立て及び訴訟中でない者、以上の条件を満たす者のすべてを抽出した。そして、個々の比準同業者についてその収入金額(青色申告者に対して認められる特典控除前のもの)に対する所得金額の割合(所得率)を算出し、これを算術平均して平均所得率三一・〇七パーセントを得た。

(三)  ところが、本件訴訟の段階に至って、被告税務署長は、原告の本件係争年分の収入金額について、本件更正の段階における認定とは異なって、これを別表3記載のとおり一四六二万三二二四円と主張した。これは、本件更正の段階で認定された石井修三からの収入金額六一一万一七六七円及び畔上保雄からの収入金額一一九万〇四九六円を除外する一方、反面調査によって新たに判明した、名取善一郎からの収入金額一四万七六〇〇円及び東京商工有限会社からの収入金額二二二万一〇二〇円を付け加え、成川幸三からの収入金額を三六〇万円から四一五万一八八〇円に変更したものである。

(四)  ところで、収入金額から所得金額を算定するに当って、前者に乗ぜられるべき比準同業者の平均所得率を算出するについては、比準同業者は、原告の当該年分の収入金額の二分の一以上で、二倍以下の範囲内の者から抽出されたところ、被告税務署長は、本件訴訟の段階に至って、原告の本件係争年分の収入金額について本件更正において認定したのとは異なる金額一四六二万三二二四円を主張したため、比準同業者の平均所得率の見直し、すなわち改めて後者の金額をもとにして比準同業者を抽出し、その平均所得率を算出する必要に迫られた。その際、被告税務署長は、比準同業者の抽出条件のうち右の点を変更したに止まらず、先には越谷税務署管内に住所(納税地)を有し、原告と同様「打ち抜き・プレス加工業」を営む個人事業者を抽出対象者の範囲としたのに、今度は右抽出対象者の範囲を越谷税務署管内の三郷市及び八潮市に住所(納税地)を有する者に限定し、越谷税務署管内ではあっても、越谷市、吉川町及び松伏町に住所(納税地)を有する者を除外した。これは、(1)吉川町及び松伏町は純農業地帯であり、越谷市は三郷市及び八潮市より人口こそ多いが全人口に占める商工業者の比率は三郷市及び八潮市に比べて低率であって、越谷市、吉川町及び松伏町はその地理的環境的基準が三郷市及び八潮市とは異なっていること、(2)三郷市及び八潮市は、日本標準産業分類二八五・金属プレス製品製造業に属する事業者が集中し同一需給圏を形成しており、東京都内からの転入事業者が多く、得意先も東京都内の業者に依存する率が高いこと、(3)三郷市及び八潮市に住所を有するものに限定しても、原告と類似性を有する十分な数の比準同業者を得ることができること、以上の三点を考慮したことによるものである。そのほか、被告税務署長は、原告の収入金額から雑収入を除外し、これに対応して、比準同業者の収入金額からも雑収入を除外するとか、先には昭和五六年分から同五八年分までの三年分を通じて、その収入金額が倍半基準を満たしている者のなかから比準同業者を抽出したが、今度は昭和五八年分についてのみ倍半基準を満たしている者のなかから比準同業者を抽出するなどの措置を講じ、こうして、本件訴訟の段階において主張する原告の本件係争年分の収入金額に乗じられる比準同業者の平均所得率を別表2記載の通り四三・〇六パーセントと算出した。被告税務署長が本件訴訟において主張する原告の本件係争年分の所得金額は右収入金額に比準同業者の平均所得率を乗じ、その金額から事業専従者控除額(申告書記載の金額)を差し引いたものである。

以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、被告税務署長が、比準同業者の平均所得率の見直しをするに際し、その算出のために採用した比準同業者の抽出方法は、これをそれ自体としてみる限り、相当の合理性を有しているということができる。しかしながら、これを本件更正から訴訟に至る事態の全体に則してみるときは、右抽出方法には次のような問題点があることを指摘しないわけにはいかない。すなわち、(1)右のような抽出方法を採用することは本件更正の段階においても可能なことであり、本件更正の段階で、被告税務署長がこれを採用するにつき障害となる事由が存した形跡は見当たらないこと、(2)課税庁が比準同業者の平均所得率を抽出するに当っては、当該税務署の管内に住所(納税地)を有する者を抽出対象者とするのが通常であり、原告と同様、三郷市及び八潮市に住所(納税地)を有する原告以外の「打ち抜き・プレス加工業」を営む者の所得税の更正又は決定について右のような方法で抽出された比準同業者の平均所得率が採用されたとする実例も挙げられてはいないこと、(3)比準同業者の平均所得率の見直しをするに当り、被告税務署長が、比準同業者の抽出対象者の範囲を収入金額のみによって画するだけでなく、その住所(納税地)によっても限定しようとしたのは、前者のみによると、比準同業者の平均所得率が本件更正の段階で採用された数値よりも低くなり、本件訴訟の段階で主張した原告の本件係争年分の収入金額にこれを乗じて所得金額を算定した場合、その金額が本件更正の段階で認定した金額よりも少なくなることを懸念したと推認する余地がなくはないこと、以上のとおりである。これによれば、比準同業者の平均所得率の見直しに当たり、被告税務署長が採用した比準同業者の抽出方法は抽出対象者の範囲をその収入金額によるだけでなく住所(納税地)によっても限定しようとした点で被告税務署長の恣意が介在したというほかはなく、合理性を欠くものといわなければならない。

3  本件更正及び本件賦課決定の適否

前述したとおりであるとすれば、比準同業者の平均所得率を見直すに当っては、被告税務署長は、本件訴訟の段階において主張した原告の本件係争年分の収入金額をもとにして、越谷税務署の管内に住所(納税地)を有し、その収入金額が右主張の金額の二分の一以上で、二倍以下の範囲内にある者の中から比準同業者を抽出し、その平均所得率を算出すべきであるということができるところ、このようにして算出した場合の平均所得率がいくらかについてはこれを明らかにするに足りる証拠はない。しかしながら、被告税務署長が本件訴訟の段階で主張する原告の本件係争年分の所得金額は本件更正によって認定した金額よりもおおよそ五〇〇万円ほど少ないこと、被告税務署長の主張に照らすと、経験上、一般に所得率は収入金額が低いほど高くなることが認められ、これからすると、前述した方法で算出した場合の同業者の平均所得率は被告税務署長が本件更正の段階で算出した三一・〇七パーセントを下回ることはないものと推認することができる。

そうであるとすれば、本件更正は、原告の本件係争年分の総所得金額を、被告税務署長が本件訴訟の段階で主張する収入金額一四六二万三二二四円に右三一・〇七パーセントを乗じて算出した四五四万三四三五円から事業専従者控除額八〇万円を差し引いた三七四万三四三五円(これに対する納付すべき税額二六万八三〇〇円)とする限度では適法であり、これを超える分は違法であるというべきである。そして、本件賦課決定もまた右所得金額をもとにした金額(一万二〇〇〇円)の限度では適法であり、これを超える分は違法であるということができ、したがって、本件更正及び本件賦課決定は右違法の限度で取り消されるべきである。

ちなみに、被告税務署長が本件更正の段階で算出した比準同業者の平均所得率についても、その算出過程において原告主張の「打ち抜き・プレス加工業」の業態による所得率の違いが考慮されてはいないが、被告税務署長において現実にこれを把握することは極めて困難なことは弁論の全趣旨に照らして明らかであり、右の点が考慮されていないからといって、右平均所得率の算出方法が合理性を欠くということはできない。また右比準同業者の平均所得率の算出過程においては、異常値が排除されたことは弁論の全趣旨に照らして明らかである。

三  次に、原告は、被告税務署長による本件裁決にはこれに固有の違法があるというのであるが、原告がその理由として挙示するところは、被告税務署長が原告の請求について杜撰な審査をしたために原処分における原告の本件係争年分の所得金額についての誤った認定を容認し、これを正すことを怠ったということに尽きるのであり、これはつまるところ原処分に存する違法をいうものであって、本件裁決に固有の違法とはいえず、原告の被告審判所長に対する請求はそれ自体失当である。

四  よって、原告の本訴請求は前説示の限度で理由があるからこれを認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 大塚一郎 裁判官 中野智明 裁判官 中川正充)

別表1

被告税務署長の算定した昭和58年分の収入金額の内訳

〈省略〉

別表2

同業者の平均所得率

〈省略〉

別表3

昭和58年分収入金額の内訳

〈省略〉

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